労働地獄!嫁が嫁ぎ先の荷物を整理しても誰も疑問を抱かないのか

PR

解体工事までの4ヶ月に渡る片付け作業が始まった

8月末には工事が入ると言うので、家を売ると決めた5月の初めからちょっとずつ片付け始めていた。
平日は仕事があるので何もできない。
土日に義母の家に行き、朝から晩まで荷物をまとめたのが初めの3ヶ月。

7月末に自分の家と義母の家の引越しを済ませたあとは、電車で約1時間かけて誰もいない義母の家まで行き、そこで荷物と格闘した。それが最後の1か月。

引越し&売却スケジュール
5月初旬:売却を不動産販売会社に依頼、新居探し開始
5月下旬:新居内覧
5月下旬:売却先決定
6月中旬:新居決定・契約
7月中旬:先に私たち家族が新居へ引越し
7月下旬:義母も新居に引越し
8月上旬:義母と元の家へ。残った必要品を運び出す
8月上旬~下旬:義母の家の片付け
8月下旬:解体工事開始

一人で出来る量じゃないよー!!

思い出すとちょっとイラッとするのだが、この時期、片付けは全て私ひとりでやっていた。
義母は足腰が悪いのでもともと頼る気はない。
ダンナは義母の家が仕事場だったので、いつもそこにいた。
でも私が何か頼めばやってくれるが、頼まなければ何もしない。
なので、ほとんど役に立たず、意地になって一人で頑張った。

義母の家の荷物は、私の荷物ではない。同居していたワケでもないからなんの決定権もない。
なので私が「捨てる、捨てない」を判別するのは変な話。いちいち義母に聞きに行った。
そのうち面倒臭くなってきた。どう考えても捨てるだろうと思えるゴミを選り分けて捨てることにした。

3階建てだったので、下から片付けて行ったのだが、3階をやる頃には力尽きて、選別する気力もなくなっていた。週末ごとに来て何ヶ月もやっているのに、やってもやっても終わらない。物が多すぎるーーーーー!!

危険物は裸のまま置くなー!!

細かくゴミを分けないといけない自治体ではなかったので、それは助かったが、それでも金属類は選り分けないといけない。昔の頑丈なA4ファイルは全て金属のリングがついていた。それを真夏の事務所でクラクラしながら取り除いた。

事務所の中には危険物も多かった。
数年前に亡くなった義父が持っていた工具の量は半端なく、事務所の引出しが重いと思うと、たいがい工具がぎっしり!先の尖った工具や刃物だけでなく、カッターの刃先をパチンと切ったものも、そのまま引き出しに入っていた。

2階の踊り場に巨大な書棚があり、昔の百科事典がぎゅう詰めに入っていた。全て捨てて良いと言うので、数冊づつ紐でまとめて1階に下ろす。重すぎる。
へとへとになりながら数往復。また次の百科事典を抜いたところで、何かが事典の上から落ちてきた。ノコギリの刃だった。刃先だけになっていたので、パッと見には気付かなかった。
たぶん義父がたまたま置いたのだろうと思うが、落ち方が悪かったらヤバかった!

数年前に亡くなった義父は庭仕事や大工仕事など、手先を使う仕事が上手だった。
庭も欲しかったに違いない。
でも都内の狭い持ち家。狭い庭にビワやゆずの木を植えただけでは物足りず、屋上を使ってたくさんの花木を育てていた。
階下の水漏れが酷くなって防水工事をした際に、花木のいくつかは親戚に持って行ってもらったものの、それでも結構残っていた。

3階には、この庭仕事や大工仕事のための道具が信じられないぐらいあった。剪定バサミや ノコギリ、シャベルやスコップ。店でも開くのか!という量。引越し先で使うことは絶対無い。重くて危険なものばかり残しておくなよーー!と心で叫びつつ階下に運ぶ。

土日のたびに朝早くから義母の家に行き、生活をしている義母の邪魔にならないところから片付ける。
階段の往復ばかりで腰を痛め、ヘロヘロになったまま自転車を漕ぎ、10分かけて自宅に戻る。家族と昼ご飯を済ませたあと、また義母の家に戻り作業。こうして初めの3ヶ月が終わった。
自分たちが住んでいたアパートの引越しと、義母の荷物の運び出しと引越しをはさみ、今度は電車通いでの片付け作業が始まるのだった。

同じカテゴリをもっと読む

ディノス家具 - ディノス オンラインショップ